平田寺は、名古屋駅から北へ10kmに位置する曹洞宗寺院です。誰もが気軽に集い、学び、支え合う場として様々な活動をしています。黒池龍神は、地域の鎮守として信仰の対象となっています。永代供養・ご葬儀・ご祈祷などのご相談もお気軽にどうぞ。

平田寺について


境内案内
本堂

鐘楼堂


細野要斎著『感興漫筆』第十三巻には、鐘の銘の序に「白坂雲興寺第7世の開基」鐘の銘は「貞享二年乙丑十月十五日加乗寺白卍山の撰なり」との文があります。1685年(貞享2年)に鋳造された名鐘で、音色がよく 明治の頃アメリカへ売られそうになったこともありましたが、檀家総代が横浜港まで出向いて買い戻したという逸話が載っています。この鐘は戦前まで朝11時と夜9時に時を告げていましたが、戦時の金属供出の為、1983年(昭和58年)年に新調したものが現存しています。現在は、大晦日の除夜の鐘、恩田の集い、行事の日の朝に時を告げています。

龍神池
境内にある龍神池は、元は東西に長い池でしたが、1912(大正元年)に名古屋電気鉄道(名鉄犬山線)が敷かれた際、池の西半分が埋め立てられました。池のほぼ中央に石がひとつあり、かつてはこの石を挟んで、南北に渡り石があったそうです。池の水は湧き水で満たされ、山門前の参道の溝に流れていました。池にはカメがたくさん棲んでいて、戦前には、子どもたちがカメを捕まえて家に持ち帰ると、親たちは祟りを畏れて、カメに酒を飲ませて池に放していました。

名鉄犬山線が敷かれるとき、龍神池を埋め立てる工事をすると祟りがあると言われたので、工事が進まなかったそうです。そのために、この池のところでは線路がカーブになっているという逸話が残されています。

黒龍社
平成24年5月5日、ご神体の新社殿への遷座式が挙行されました。
始めに、龍神池へ金魚の稚魚を放流し(放生会)、続いて二百名以上のお参りのかた一人一人が、ローソクに火を灯して(千灯供養)、境内を浄め、彩りました。その際、奇瑞な出来事として、空には朱鳥(鳥の形をした朱色に輝く雲)が現れ、直下型地震かと思われるような一揺れが起こりました(仏教経典の中には、佛の現れるとき或いは、おめでたいことが起こる前兆として、地六種に動ずと書かれています)。
その後、大勢の方が見守るなか、本堂から新社殿へのご神体の遷座式が行われました。この様子はCBCテレビの「いっぽう」で放映されました。
これは余談ですが、その当時、新しい庫裏を建てる計画があったのですが、思うように話が進みません。そこで気付いたことが「人間の都合ばかり考えているからだめなんだ、先ずは神佛のこと。古くなった龍神さまの社殿を新しくしよう」と。すると、遷座式の三日後、新しい出会いがあり、翌25年の暮れには新庫裏の落慶にいたりました。
本当に霊験あらたかな龍神さまです。

弘法堂
本堂の西側(正面左側)に、弘法大師の尊像がお祀りされています。また、鐘撞堂の南には、『西春二十一大師巡拝』と彫られた石塔が立っています。
弘法大師空海さまは宗旨宗派を超えて、古より沢山の日本人から親しまれ、お参りされてきました。

白龍社
本堂前の松の下に、白龍さまをお祀りするお社があります。ご神体は30センチほどの大きさのある白っぽい石です。
もともと、市内西之保に在住の方が四十年近くに渡り、家の守り神としてお祀りされてきたのですが、夫を亡くされ、一人でお守りすることが困難となり、平成26年夏にご寄贈されました。